韓国・韓国語やK-POPについてのピビンパプ(まぜごはん)的エッセイ集
by sungsa
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希望の歌唱〈続〉
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静から動、動から静。
伝統打楽の響きが奔放なチャン・サイクの歌唱を支え、
伴奏するピアノが、ダイナミックな声に絶妙に呼応する。


彼の声に耳を澄ます。
悲しいかな私の乏しい韓国語のヒヤリング力では
途切れ途切れにしか意味が採れないものの
繰り返し唱われる幾つかの言葉が耳にこびり付く。

…꽃 향기는 너무 슬퍼요
그래서 울었지
…花の香りは哀し過ぎます
それで 泣いたよ

…희만 얼마에요?
…希望は いくらですか?

희만…를 부른다
希望…をうたう


繰り返し唄われる哀しみと希望。
コーラス隊の合唱によって高揚感がいや増してゆく。

どうやらここで語り唱われているのは
希望を求め、彷徨い往くひとの物語のようだ。

私がその晩唱われた歌のあらましを知ったのは
公演終了後、プログラムの訳詞に目を通した後だった。



『一束の希望』

寒いけれど今や絶望を希望に塗り替え
遠回りした道端で野菜を売るおばさんに聞いた
「一束の希望はいくらですか?」



『クッパ食堂で』

歌をうたう 腰の曲がったその人が
テーブルをとんとんたたきながら
「この風塵の世界に出会った
あなたの希望はなんですか?」
希望の歌をうたう
おでこの深いしわは世界を覆い、
視線が止まり、私を見る
そうだ
あの老人は行く先を知っているんだ
土に返るその道を知っているんだ



『野ばら』

白い野ばら 純朴な野ばら
星のように悲しい野ばら
月のように恨めしい野ばら
野ばらの香りはあまりに悲しい
それで泣いたよ 夜明けまで泣いたよ
野ばらの香りはあまりに悲しい
それで泣いたよ 夜明けまで泣いたよ
ああ!
野ばらのように泣いたよ 野ばらのように歌ったよ
野ばらのように踊ったよ 野ばらのように愛したよ
野ばらのように生きたよ あなたは野ばら



〈チャン・サイク公演プログラムより・訳者不詳〉



奔流の中を彷徨い、それに抗い進むような歌唱。
漆黒の闇にチャン・サイクの慟哭する声が響く。


そして組曲のような一連の哀歌を唱い切った後で
チャン・サイクは“ここからは楽しみましょう”と言って
懐かしの韓国歌謡とおぼしき曲の数々を唄い始めた。

突然、私の耳によく馴染んだメロディがギターで奏でられる。
イントロに続いて張りのある声で唄われたのは
あの李美子の『19歳の純情』だ。それから『椿娘』も…
最後の一曲は『アリラン』だった。



今、私の手元に公演会場で手に入れた、
チャン・サイクのCDがある。


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この第1集アルバムのタイトルは『하늘 가는 길』。
日本語にしてみると「空を往く道」とでも訳せばよいのだろうか。
1994年の発表だから13年も前の作品なのだが
驚くことに先日聴いたあの歌唱と、あの演奏と
音楽のクウォリティに全く変わりが無いのである。
デビュー時にして既に独自の音楽を完成させていたという事か。

年齢・風貌を見れば、レコードデビュー前に
相当なキャリアを積んでいただろうことは容易に想像がつく。
果たしてCDの歌詞カードに寄稿された文章には
彼が国楽국악を専門に学んだ事が紹介されている。

国楽といえば韓国の伝統音楽。
邪推だが、ジャズやブルース、ゴスペル等の影響も
感じさせるチャン・サイクの音楽は
当初異端視された事もあったのではないだろうか。


CDを聴きながら彼のコンサートを追想する。
私は再び暗い闇の中、荒れ狂う流れに放り出される。
遠くに微かに灯火(ともしび)が見えるようだ。
揺さぶられ打ちのめされ、壮絶な彷徨の果てに、
懐かしいあのメロディが聴こえてくる。
『열아홉 순정(19歳の純情)』だ。



『19歳の純情』

見ただけでも 胸が高鳴り 思っただけでも胸が高まり
恥ずかしい19歳の芽ぐむ 初恋を分かってくれない
この世の誰も知らず 私の心の中にかくれている
うんー 私の心に うんー 隠れている
ばらの花より赤い 19歳の純情です
風が吹いてもドキドキ 思っただけで胸が高まり
恥ずかしい19歳に芽ぐむ
初恋を分かってくれない
あなたのささやきを私の胸に じっとひそかに漂わす
うんー 私の心に うんー 浮かべる
真珠より美しい 19歳の純情です


〈チャン・サイク公演プログラムより・訳者不詳〉



酸いも甘いも味わい尽くしたろう、
壮年の男がうたう、十九の乙女の純な恋の唄。
希望を求める苦難の道程のうちにいつしか余分なものは
剥がれ落ち、残ったのはただ、無垢な魂だった。
チャン・サイクはこの唄の持つ純情、その粋を掴み取って
円熟味の声でもって高らかに唄ってみせる。

なんて清々(すがすが)しい歌唱なのだろう。
なんて生命力に満ちている声なのだろう。

チャン・サイクのうたに導かれて
浄化される魂の道のりを辿る
彼の道程を共に歩んだような気がした。




実は、韓国の音楽=芸能を掘り下げていくと
避けては通れないと思われる主題がある。

それは恨한(ハン)である。
これまで韓国の音楽について様々に
このブログで書いてきたのだけれども
あえてこの主題には触れずに来た。
それについて書く事が
どうにも私の手に余るように思えたからである。

でも今回チャン・サイクの音楽に出会って
これまで漠然と捉えていた
恨한(ハン)の存在を強く意識するようになった。


恨한(ハン)とは

『あえて単純化していうなら「心の奥に積もった哀しみ・苦しみ」となろうか。「恨」という漢字から、日本語の「うらみ」を連想してしまうと、どうもしっくりこない。』
〈「韓国音楽探検」植村幸生著 音楽之友社刊〉

『韓国の文化に詳しい小倉紀蔵氏によると、「恨」とは自身の描いた「理想」に到達できないときに抱く「悲しみ、挫折、無念」の感情だという。』
〈韓国語ジャーナル第11号特集「バラードと韓国人」より〉


韓国伝統の国楽をルーツに持つチャン・サイクの音楽には
「恨」が濃厚に溢れているのを感じるのだ。
そして彼の音楽が希望を追い求め、
“その恨を解こうと”するものであることも。

難しいけれど、「恨」と韓国の芸能については、
またいつか、稿を改めて書いてみたい、と思う。



チャン・サイク公式ホームページ



※今年もお付き合い頂いて、皆さんありがとうございました。
それでは、새해 복 많이 받으세요!せへぼんまーにぱどぅせよ!
新年の福をたくさん受けてくださいね!

성사sungsa



※若干加筆・修正しました。1月2日
※またちょこっと文章いじりました。1月21日
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by sungsa | 2007-12-30 23:24 | 韓国歌謡の詩を味わう
希望の歌唱

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チャン・サイク장사익という名の歌手をご存知だろうか。


実は昨晩、彼のコンサートに行ってきた。
会場は神戸ハーバーランドにあるMホール。
用事があって行けないからと、数日前に
ハングル講座の恩師からチケットを頂いていたのだ。
朝鮮通信使400周年記念行事の一環での無料コンサートだった。

寡聞にして彼の名を知らなかった。
私の手元には頂いたチケットと、
白い民族衣装をまとい笑みを浮かべ両手を揚げて唄う
彼の写真を載せたチラシが一枚。

韓国の歌手という以外、何の予備知識も無い、
素の状態で臨んだコンサートだった。


それにしても大所帯だ。
中国の二胡にも似た韓国伝統の弦楽器へグム、
チャンゴ等の伝統打楽器、
そしてギター、ベース、ピアノ、
ドラムス、トランペット、ハープの西洋楽器、
更に6人のコーラス陣。

歌中劇、唱歌、民謡、演歌、ジャズ、ブルース、…
いろんな音楽ジャンルを連想させるが
そのどれにも当てはまらず
これはただ、チャン・サイクの音楽。
月並みだけども、そう呼ぶ他ない。
只、洋楽の要素はふんだんにあるけども
伝統の打楽をどっしりと演奏の中心に据えてある。
根底にあって、彼の自在な歌唱を支えているのは
韓国古来のリズムだ。

変拍子も混じる動的なリズム。
血湧き肉踊る、高揚感。


チャン・サイクの圧倒的な声が、
彼ら楽隊をバックに、
振り絞るように唱う。詠う。。
その声の表情の豊かさ。
そして韓国語の響きの暖かさ。
歌詞の中に“ひまん”という言葉が聴き取れた。
희망=希望。

すすり泣き、嘆き、あがき、…
終いには言葉にならない肉声をぶつけてくる。
だけどその声には絶望の暗い響きは決してなくて
温もりを感じている自分を見つけるのだ。

だから、これは哀感に満ちているけれども、希望の歌唱だ。
希望を内に孕(はら)んでいる哀しい唄なんだ。

奔流のような彼の音楽の中を漂いながら
僕はそんな風に感じていた。

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〈続く〉
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by sungsa | 2007-11-30 23:59 | 韓国歌謡の詩を味わう
잘살꺼야!(ちゃるさるこや!)
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잘살꺼야

잘사는 날이 올거야
포기는 하지 말아요
저높은 하늘 을봐요
우리의 꿈이 있잖아

이리보고 저리봐도
우리사이 좋은사이

잘살꺼야 잘살꺼야
우리모두 잘살꺼야
잘사는 날이 올거야
잘사는 날이 올거야



작사 조성현 작곡 태진아 편곡 이승수



これは韓国トロット歌謡界の重鎮、テ・ジナ氏の曲です。
これぞまさに人生の応援歌!!

イントロから跳ねまくるシンセ、チョッパーベースが炸裂、
続いてモロ演歌調なメロディが流れ、
その上に大時代的な男女混成コーラスが被さり、
一転、曲調は北アイルランドの放浪詩人ヴァン・モリソン風に。
スウィング感溢れるホーンの響きもカッコよさ満点。
大仰でスピーディ、めくるめく曲展開と強引なほどのダンスノリ。
そしてシンプルだが聴く者を力強く励ましてくれる歌詞。
こいつはパワフルトロットR&B(?)とでもいうか…

思えば、
KBSの人気番組『전국 노래 자랑 (全国うた自慢)』のゲストで
テ・ジナ氏がさっそうと登場、あの嗄れたノドでこの唄を熱唱した時
客席から立ち上がり、喜色満面で踊るアジュンマたちを目撃したその時
もお、それこそ涙がこぼれそうなくらいに、
アジョッシなわたしのハートは痺(しび)れまくったもんです^^。

嗚呼、なんて素敵なんだろう。

恥ずかしがるよな素振りなど微塵もなく、
テ・ジナの唄声とリズムに身をまかせて踊りまくる御婦人たちの姿。
そのストレートな反応が、唄を通じたテ・ジナとの情の交歓の様が、
日本の概して受け身・鑑賞モードな唄への接し方と比べて
心底羨ましく思えたものでした。



《日本語訳》

幸せに暮らす日が来るさ
あきらめないで
あの高い空を見なよ
われらの夢があるじゃないか

こっちみて あっちみて
われらの仲 いい仲

幸せに暮らすよ 幸せに暮らすよ
われら皆 幸せに暮らすよ
幸せに暮らす日が来るさ
幸せに暮らす日が来るさ



《大阪のおっちゃん訳》

幸せに暮らす日が来るやろ
あきらめたらあかんよ
あの高い空を見てみいな
わしらの夢があるやんか

こっちみて あっちみて
わしらの仲 ええ仲

幸せに暮らすで 幸せに暮らすで
わしら皆 幸せに暮らすで
幸せに暮らす日が来るやろ
幸せに暮らす日が来るやろ



※拙訳は私sungsaです。
著作権の問題が発生した場合には記事を削除致します。
ご了承下さい。



잘살꺼야…もとの形は잘 살다 、直訳すると
よく生きる とか よく暮らす になるんでしょうが
意味あいはよくわかっても日本語としては
普段そんな言いかたはしないですよね。
しかも살꺼야…살거야、ここの訳し方も難しい。

知り合いの韓国人留学生たち何人かに尋ねてみたところ
잘 살다には、いい暮らしをするという意味と
将来を約束した恋人同士などが使う、
幸せになるという意味合いがあるようです。

この잘살꺼야!(ちゃるさるこや!)の場合はどうでしょう。

この曲の入ったアルバム2005태진아2005テ・ジナの内ジャケットに
“국민 여러분!! 부자되세요”という台詞が入った彼の写真があります。
文字通り訳すと“国民の皆さん!! お金持ちになってください”
…となりますが。

そして歌詞に出てくる우리(うり=われら)という言葉。
国民歌手テ・ジナの手にかかると우리(うり)とは
単に男女の仲や家族を意味するのではなくて、なんだか
“われら韓国国民”のことを指すように聴こえてきます。



잘살꺼야!(ちゃるさるこや!)…

すごくシンプルですが
とても韓国的で、奥の深い言葉だと思います。
例えば同じくR&Bの影響を感じさせても
日本の“上を向いて歩こう”のしみじみとした味わいとは
対極な唄世界がここにあります。



※韓国トロットとテ・ジナ氏については
『さらんさにゃん』のかいさんが詳しく書かれています。
ので、あまり詳しくもない私がここで
テ・ジナ氏を取り上げるのは僭越なんですけども
この唄が大好きなもんで、書いてしまいました!
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by sungsa | 2007-08-31 23:59 | 韓国歌謡の詩を味わう
わからない人生
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알 수 없는 인생

김영아 작사, 윤일상 작곡, 이문세 노래


언제쯤 사랑을 다 알까요 언제쯤 세상을 다 알까요
얼마나 살아봐야 알까요 정말 그런 날이 올까요
시간을 되돌릴순 없나요 조금만 늦춰줄순 없나요
눈부신 그 시절 나의 지난날이 그리워요

오늘도 그저 그런 날이네요 하루가 왜 이리도 빠르죠
나 가끔은ー 거울 속에 비친 내가 무척 어색하죠
정말 몰라보게 변했네요

한때는 달콤한 꿈을 꿨죠 가슴도 설레였죠
괜시리 하얀 밤을 지새곤 했죠

언제쯤 사랑을 다 알까요 언제쯤 세상을 다 알까요
얼마나 살아봐야 알까요 정말 그런 날이 올까요
시간을 되돌릴순 없나요 조금만 늦춰줄순 없나요
눈부신 그 시절 나의 지난날이 그리워요

어쩐지 옛 사랑이 생각났죠 당신도 나ー만큼은 변했겠죠
그래요ー 가끔 나 이렇게 당신 땜에 웃곤 해요
그땐 정말 우리 좋았었죠

하지만 이대로 괜찮아요 충분히 사랑했죠
추억은 추억일때 아름답겠죠

언제쯤 사랑을 다 알까요 언제쯤 세상을 다 알까요
얼마나 살아봐야 알까요 정말 그런 날이 올까요
아직도 많은 날이 남았죠 난 다시 누군가를 사랑할테죠
알수 없는 인생이라 더욱 아름답죠

언젠가 내 사랑을 찾겠죠 언젠가 내 인생도 웃겠죠
그렇게 기대하며 살겠죠 그런대로 괜찮아요
아직도 많은 날이 남았죠 난 다시 누군가를 사랑할테죠
알수 없는 인생이라 더욱 아름답죠




わからない人生

キム・ヨンア作詞、ユン・イルサン作曲、イ・ムンセ唄


いつになったら愛が全て分かるのでしょうね
いつになったら世の中が全て分かるのでしょうね
どれほど生きてみれば分かるのでしょうね
ほんとにそんな日が来るんでしょうかね
時間を戻すことは出来ないでしょうか
少しだけ遅らせてもらうなんて出来ないでしょうか
まぶしいあの季節 過ぎ去った日が懐かしい

今日も相も変わらず そんな日ですね
一日がどうしてこんなにも短いんでしょうね
時々鏡に映る我が身が なんともぎこちないですね
ほんと見間違えるほど変わりましたよね

いっときは甘い夢を見たでしょ 胸だってときめいたでしょ
無駄に真っ白な夜を明かしたりしたでしょ

なぜだか 昔愛したひとを思い出すでしょ
貴女だって私ぐらい変わられたことでしょうね
そう 時々僕 こんな風に貴女のせいで笑ったりもします
あの頃はほんと僕達 いい仲でしたよね

だけど この通り大丈夫ですよ 充分に愛したでしょ
思い出は思い出である時 美しいんでしょう

いつになったら愛が全て分かるのでしょうね
いつになったら世の中が全て分かるのでしょうね
どれほど生きてみれば分かるのでしょうね
ほんとにそんな日が来るんでしょうかね
まだまだ長い年月が残っているでしょう
僕はまた 誰かを愛するはず
人生ってわからないから いっそう美しいんでしょう

いつの日か 自分の愛を見つけることでしょう
いつの日か 笑える時が来ることでしょう
そう期待しながら生きて行きます
それなりに大丈夫
まだまだ長い年月が残っているでしょう
僕はまた 誰かを愛するはず
わからない人生だから いっそう美しいんでしょう


 
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“오랜 공백을 깨고 가수 이 문세가 돌아왔다.”
“長い間の空白を破り歌手イ・ムンセが帰って来た。”


帰って来たね〜。
オリジナルアルバムとしては『빨간내복(赤い肌着)』以来4年振り。
その間にファンになった私にとってはほんと待ちに待った一作です。
MBCドラマ『발칙한 여자들(ぶしつけな女たち)』のOSTということで
彼の公式サイトでは“PROJECT ALBUM”と紹介されています。


思えば前作が手間ひまかけてじっくり作り込んだ様子が伺える
入魂の力作だっただけに、ムンセ氏にしたら
何もかもやり尽くしたような状態になってたんじゃないでしょうか。
長い休息の後に肩の力を抜いて再び
軽やかなステップで走り始めた彼の姿が目に映るようです。


『빨간내복(赤い肌着)』が腕のいい料理屋さん自慢の
フルコース・メニューだったとしたら
今回は柑橘系の甘過ぎないスイーツといった感じかな。
爽やかですけど、ほろ苦いおとなの味ですね。


軽快なリズムに乗せてムンセ氏が唄ううたの中味は
小難しい言い回しなんて無くて
とても分かり易くてストレートで、すうーっと胸に入って来る。
さらっとしているけれど深みがある。
聴き込むほどに味わいが増すのはいつもとおなじ。
車を運転しながら彼の声に合わせて
この唄を口ずさんでいるとちょっぴり泣けてくるよ。
彼のような歌手と同じ時代を過ごしている幸福。


年とともにいろんな重荷が増えて来る。
それらを抱えながらなおかつ軽やかな佇まいでいることが
どれほど困難なことか。
やっぱりムンセ氏って、멋있는 형 (粋なお兄さん)ですねぇ。


これは現在進行形の、しなやかな大人のPOPSなんです。
皆さんもぜひ一度、彼の唄を聴いてみてください。


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※著作権上の問題が生じた場合には記事を削除致します。
ご了承下さい。

※今回の翻訳はsilkyroughさんとmistylakeさんに
少し助けて頂きました。
“괜시리 하얀 밤을 지새곤 했죠”の部分
“無駄に真っ白な夜を明かしたりしたでしょ”と訳しましたが
この“괜시리”と“하얀 밤”の意味がよくわからなくて
メールで問い合わせたんですけど、
おふたりともすぐに温かな返事をくれました。

“괜시리”は"괜스레"の誤った表記(口語表現)とのことです。
"괜스레"のもとは「공연스러이」で
"괜스레"はその縮約形。
意味は「むだに/不必要に/無用に」だそうです。
形容詞"공연스럽다"になると
「理由がない/利益がない/無駄だ/役に立たない/不必要だ」
とのことでした。

それから韓国では夜を明かすことをよく
「하얗게 밤을 지새우다」もしくは「밤을 하얗게 지새다」
(白い夜を明かす)と言うらしいんです。
慣用的な表現なんですって。
日本語ではそうゆう言い回しを聞いた事はないんですが
面白そうなのでsilkyroughさんの訳どおり“真っ白な夜”
として見ました。

疑問を解いて翻訳を助けてくれた二人には、ほんと感謝です。
こまうぉよ^^。
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by sungsa | 2006-10-31 22:17 | 韓国歌謡の詩を味わう
エレジーの女王 『李美子history』

今年のはじめ、1月頃の事。
ヒョンが韓国から大阪・京都観光に来る前に電話をくれて、
おみやげに何か欲しいものはないか、と私に聞くので
しばらく考えた末、李美子(い・みじゃ)さんのCDをお願いした。

大阪ミナミの宿を訪ねてひとしきり再会を喜び合った後で
ヒョンは約束どおりに、この3枚組(!)のベスト盤
『李美子history』を手渡してくれた。
聞けば家の近くのCD屋さんでは李美子は置いてなくて
釜山の街を探した回ったあげく、
南浦洞でやっと見つけたものだそうだ。
のむこまうぉっそよ…。(ありがた過ぎました。)


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李美子이 미자は韓国トロット歌謡の大歌手である。
日本の美空ひばりみたいな存在なんだと、ヒョンは言っていた。
(ちなみに彼は美空ひばりファンである。京都の嵐山にある
美空ひばり記念館を廻れる観光バスツアーをヒョンの為に予約した。
残念ながら都合が付かず京都へは同行できなかったけど。)

そもそも、私が李美子の歌声を聴くことになったのは
3年ほど前、大阪の駅前第3ビルの地下にある中古レコード街の
とあるお店の閉店処分100円セールで、
この一枚を発見したのがきっかけだった。
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『“エレジーの女王”李美子ゴールドヒットアルバム第1集』…。
この貴重な音盤が、韓国歌謡のLP盤を10枚ほど
まとめて買った中に紛れて入っていたわけである。

ちなみにソウルだと新世界百貨店横の階段を降りた
明洞の地下街に中古レコード屋さんが何軒かある。
どれでもLP盤一枚5000Wくらいと安いので
今度じっくりレコード漁りをしてみたいものだ。


トロット、簡単にいえば韓国の演歌である。
演歌というと実はわたしの最も苦手なジャンルなんである。
ところがどっこい、
家に帰ってレコードに針を落とした瞬間から
懐かし歌謡の簡素なアレンジの演奏にのせて唄う
李美子さんの唄声に魅了されてしまったのである。

声にダイアナ・ロスみたいな艶がある。
でももっとキメの細やかな感じで品がある。
しかも抜群に唄が上手だ。
その声に、ジャンルなんて超えて聞き惚れてしまったのだ。


CD3枚組全62曲(!)収録の『李美子history』。
彼女とコンビを組む作曲家の朴椿石先生
박춘석 선생님(パク・チュンソク先生)が直々に
企画・編集を担当したオリジナル・コレクションであると
ジャケット裏にはクレジットされている。
つまりは“李美子決定盤”ということだろう。

全集の1枚目、オープニングの
『열아홉 순정(十九の純情)』にはびっくり。
この心躍るスイング感。そして瑞々しい躍動感。
見事な歌唱。楽曲そのものやアレンジもいい。
ストリングスやホーンの華麗な響き(ホーンはジャズの色が濃いが)。
なにより当時としてはリズムセンスが画期的じゃないだろうか。
今聴いても全く古臭さを感じない。
創世期のモータウンヒットにも繋がるような感覚というか。
シュプリームスの曲だと言われてもさして違和感がないような。

いや調べてみるとこれは1959年のデビュー曲だから
シュプリームスが世に知られるよりも遥かに早く、
モータウンの誕生と全く同時期なんである。
おそらく朴椿石先生は当時、最新の美国音楽事情を
よくご存知だったのではないだろうか。
日本のように美軍放送を聴けたのだろうし。
それにしてもこんな曲を19歳にして
見事に唄いこなしてしまう李美子の才能、恐るべし。
若々しさに加え、微妙な乙女心を巧みに唄い分けるうまさ。


他にも洋楽志向の唄が聴けるのかと、期待がすごく高まったが、
残念。それはこの『열아홉 순정(十九の純情)』1曲だけだった。
2曲目に収録されているヒット曲『동백아가씨(椿娘)』
以降は基本的に全てトロット歌謡である。
収録曲のデータが無いため録音年月日がわからないが
ひょっとしたら『열아홉 순정(十九の純情)』が不発で
路線変更を余儀なくされたのだろうか。
そのへんの事情はよくわからない。
ただこれほどの力量の持ち主、ジャズやポップスを唄っても
きっと素晴らしかったに違いないと思う。

曲によってはちらほらと洋楽の影響が見えるのが楽しい。
『눈물이 진주라면(涙が真珠なら)』
サイドギターが刻むリズム、間奏のエレピの音がかっこいい。
『당신은 모르리(貴方はご存知ないでしょう)』ともども
今に続くリズム歌謡というか、
踊れるトロットのスタイルの萌芽が感じられる。
『노래는 나의 인생(歌はわたしの人生)』は感動的なバラード。


今気がついたが、声質や唄のうまさに加えて
彼女の歌声の持つ微妙なスイングする感じ。
“ゆらぎ”とでもいうか、これが大変心地よいのである。


韓国が生んだ不世出の女性シンガー、李美子이 미자(い・みじゃ)。
デビュー40周年を超えた今も、日本へと公演に訪れたり、
元気に活動しておられるようである。
R&Bなど洋楽系の音楽に慣れ親しんだ
現代の韓国の若者たちの耳には、
はたして彼女の歌声はどう響くのであろうか。
トロットの枠を超えて広く聴かれるべき歌手だと思うのだが。


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注:各曲の日本題は公式的なものではなく
便宜上私sungsaが勝手に翻訳して付けたものです。
ご了承ください。
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by sungsa | 2006-09-30 19:22 | 韓国歌謡の詩を味わう
イ・ムンセ     敬愛するヒョン(兄貴)の様に。
以前にもちょこっと取り上げてみた事がありますが
私が大好きな韓国の歌手イ・ムンセ이 문세さんを
あらためてご紹介します。


彼の唄に最初に触れたのは
おととしNHKハングル講座のオープニングで使われた
『パルガンネボク(赤い肌着)』を耳にした時のことです。
軽快でリズミカルなこの曲をバックに
韓国の街角のスナップ映像が流れてくると、
もう ウキウキしながら、たちまち
楽しいハングルの世界に引き込まれていったものでした。

その年の11月、釜山は光復洞のお店で同名のCDを買って帰り
冬の間、繰り返し何度も何度も聴きましたね。
その後今だに愛聴してるし、まるで飽きがこない一枚です。
聴き込めば聴き込むほど味わいが増す感じで。
下腹が出るよなええ年になってみて(笑)、
じっくり味わえる豊潤な、おとなのPOPSだなぁ…と思うんです。

十八番のバラードからFUNKYでダンサブルなナンバー、
JAZZYな曲、ラテン、スタンダード風、
そしてアコースティックな楽曲まで…。
曲調はそれこそバラエティに富んでいるけど、
見事な統一感でまとめられていて、
ムンセ流に時間をかけてじっくり煮込んだ感じ。
歓び・哀感・溌溂・色気・洒落っ気に茶目っ気・祈り…
酸いも甘いも混じり溶けあったコクのある味。

お店に例えるならそこは敷居の高そな料理店なんかじゃなくて
そこら辺の골목こるもっ(路地)にあるちょっといいお店で
肩肘張らずに바보 같은 이야기 パボがっとぅんいやぎ(アホな話し)
なんかしながら気軽に美味しい料理とお酒を楽しめる、みたいな(笑)。

1959年1月生まれの彼は現在46歳。
わたしにとっては一方的にヒョン!(兄貴!)と呼びたくなる、
そんな存在なんですよ。
(おっ! 星座も同じだ^^)
こうゆう歌い手って、日本にはなかなかいないんです。
(少なくとも私にとっては)

ベストアルバムに入っている昔の曲を聴いても
彼の音楽へのスタンスは一貫して変わってないと思えます。
バラード歌手として一躍名を馳せた80年代、
まだ20代なのにすごく“大人”を感じさせる歌唱。
80年代といえば、韓国は民主化の激動の時代だったのですね…。
『사랑이 지나가면(愛が過ぎていけば)』
『광화문 연가(光化門恋歌)』
『가로수 그늘 아래 서면(街路樹の木陰に立てば)』…

ちょうど晩秋の韓国の澄んだ空気と日向(ひなた)のように
さらっとしていながら胸に滲みる哀感と
暖かい眼差しが感じられる、珠玉のうたの数々。

彼の唄声は胸の奥に溜まったしこりを解いてくれるような、
そんな温かみに満ちているんです。



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빨간내복 CDジャケットより




빨간내복

작사ㅣ이문세 작곡ㅣ김미은

새빨간 내복을 입고 입 벌리며 잠든 예쁜 아이
낡은 양말 깁고 계신 엄마 창밖은 아직도 새하얀 겨울밤
한 손엔 누런 월급봉투 한 손엔 따뜻한 풀빵 가득 오~예
한잔 술로 행복해 흥얼거리며 오시는 아버지
그리워요 눈물이나요 가볼 수도(돌아갈 수) 없는 곳
보고파요 내 뛰놀던 그 동네 날 데려가 준다면~
너무 멋진 하숙생 오빠 고향으로 돌아가는 이삿짐
리어카엔 낡은 책과 라디오 문밖엔 어느새 온 동네 사람들
다시는 못 볼 것 같아 밤새워 써 논 편지를 쥐고 으~흠
담 밑에 쪼그려 앉아 눈물 흘리는 하숙집 이쁜이
어쩌면 나도 먼~훗날 낡은 사진 속 주인공이 되어
누군가 날 그리워하며 추억하며 살아갈 수도 있을 테지


赤い肌着

作詞/イ・ムンセ  作曲/キム・ミウン

おニュウの真っ赤な肌着を着て  口をあけて寝入った可愛い子
使い古した靴下を繕っている母さん  窓の外はまだ真っ白な冬の晩
片手には黄色の給料袋 もう片手には ほかほかのタイ焼きがいっぱい
一杯呑んでご機嫌で  鼻唄を唄いながら帰って来る父さん

懐かしいです  涙が溢れます  もう戻れない処(ところ)
一目見たい はしゃぎ回った  あの家の辺り  
私を連れていってくれるならば

超素敵な下宿生のお兄さん  田舎へ帰る引っ越し荷物の
リヤカーには古本とラジオ 戸の外にはいつの間にやら町内中の人たち
二度と会えないみたい  徹夜して書いておいた手紙を握りしめたまま
垣根の下にしゃがみ込んで  泣いている下宿屋の可愛い娘

ひょっとしたら僕も ずうーっと後に 古い写真の中の主人公になって
誰かさんが  僕を懐かしんだり  思い出したりしながら  
生きていくのだろうな




※拙訳は私sungsaです。
   著作権等の問題が生じた場合には記事を削除致します。
   ご了承下さい。


P.S.実はすでにお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが
この訳には訳してない部分があるのです…。
サビで唄われる“보고파요”。
これがあれこれ調べても辞書にないので、
どなたか意味を教えていただけませんでしょうか…
다 같이 번약하기도 재미 있는 것 같아요^^.
むしのいいお願いですが、ひとつよろしくお願いします。
また、わたしならこう訳しまっせ、というご意見も
お待ちしてます^^。


さらに追伸です。
“보고파요”の訳ですが、
コメント頂きました皆さんのご意見を参考にしまして
“一目見たい”としてみました。
“ぽごぱよ”=“ぽごしっぽよ”は日本語でだと
“見たいです”と“会いたいです”の意味になります。
この両方のニュアンスが感じられる原歌詞の味わいを
日本語に置き換えるのはかなり難しいですね。
本来“よ”=“です”がついて敬語なのですが
こころからの想いを叫んでる部分なので
あえてこのように訳しました。

あと、“あったかいタイ焼き”→“ほかほかのタイ焼き”
“帰って来た父さん”→“帰って来る父さん”
(文法上の間違いです)
“超カッコいい”→“超素敵な”に
ちょっと手直ししました。
ほんと翻訳は難しいですね。
でも楽しいのでまた挑戦したいです。
皆さんの訳=解釈もすごく楽しめました。
고맙습니다^^!ありがとうございます^^!

12/4 성사 sungsa
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by sungsa | 2005-11-27 20:35 | 韓国歌謡の詩を味わう
韓国歌謡の詩がうらやましいのだ 《番外編》
 日本語の歌詞だって誉めてあげたいのだ。


なんかひたすらK-POPの歌詞の素晴らしさを
語ってしまったので、調子にのってつい、
日本のPOPの歌詞についても書いてみたくなりました。


“くるり”というバンドの
『ロックンロール』という曲です。
昨年の初めまだ肌寒い立春の頃に
シングルが発売されたのですが
この1曲にはうーんと唸ってしまいました。


4ピース編成(ギター×2、ベース、ドラムス)で
イントロからしてもう涙が出るくらいカッコいい、
“にほんごのロック”ガツン!とキメてくれてます。
そうそう、この4ピースならではのノリ、
このドライヴ感がもぅ、ROCKなんやっ!と叫びたくなります。
それも凛とした、きれいな日本語で。
曲タイトルが『Rock&Roll』ぢゃなくて『ロックンロール』。
彼らの溢れる自信が表れているようです。

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裸足のままでゆく
何も見えなくなる
振り返ることなく
天国のドア叩く
天国のドア叩く


hadashi no mama de yuku
nanimo mienaku naru
furikaeru
kotonaku
tengoku no doa tataku
tengoku no doa tataku


“ku”“ku”“ru”“ru”“ku”“ku”“ku”…
uの音の“ふっ”と息をぬく感じが美しいんです。
相当日本語の言葉の聴かせ方に気を遣って
作詞してる気がしますね。
お見事!


平易で明瞭な日本語で綴られた歌詞。
いわゆる“ロック的な歌唱”、
実はステレオタイプなそれとは無縁の
岸田君のVocalの発声がすごく、いい。
言葉の一音一音を大切に
空間に置いていくような。


決して美声なわけではないけれど。
多分これは僕らごくごく普通の日本語話者の
いち代表としての声なんだ。


日本語をロックのビートにのせるには?
というのは
もう昔からの課題だったわけですが、
幾多の先人の試行錯誤を踏まえて
くるりは素晴らしい答えをひとつ、出してくれたようです。
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by sungsa | 2005-07-14 23:37 | 韓国歌謡の詩を味わう
韓国歌謡の詩がうらやましいのだ 《後編》
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よろぶん、あんにょんはせよ!

前回は大真面目に、日本語歌詞にはない
韓国歌謡の詩のうらやましさ加減について
語りまくりましたが、
今回もしつこく語ります。(笑)

まとめるとK-POPの歌詞では
◎パッチム(終声/子音)を活用することによる言葉数の増大
 →歌詞表現のレンジの拡大
◎パッチム(終声/子音)を駆使したライム(韻)の美しさ
◎言葉が“ちぢむ”ことの効果
 →リズムにのって更に言葉の歯切れのよさがUP

と、洋楽系の音にのっかった英語歌詞のような芸当が易々とできる、
ということを私はやたら、力説してるわけなんですよね…。


例えば、先頃発表された
SE7ENの日本での2ndシングル「STYLE」のカップリング曲、
THE ONE」。

韓国語の歌詞を見ると、
かつて『声に出してみたい韓国語』で取り上げてた
まうm(마음)”が、 なんと “まm(맘)”に
縮まってしまっているやないか。
いや、
縮まってしもてるやんか。

あれ、日本語も縮まってる?…。


新曲「THE ONE」。作者はTEDDY。
「ワヂュオ(와줘…)」、「TATOO(문신)」に続く
名バラード誕生ですね。
こんなイイ曲を日本でだけ出してたら
韓国のファン達=ペンドゥル(팬들)、絶対怒りますよね^^。

サビのところは、こう。

세상을 다 준대도 필요없는데
널 행복하게 해줄 수 있는데
널 그저 웃게 해주고 싶어
Yeah, if I could ever be the one

セサンウル タ ヂュンデド ナン ピリョ オムヌンデ
ノル ヘンボカゲマン ヘヂュル ス インヌンデ
ノル クヂョ ウッケマン ヘヂュゴ シッポ ナン
Yeah, if I could ever be the one

太字部分で韻を踏んでいるのがわかる。
만(マン)、난(ナン)、one(ワン) 、と揃ってて実に美しい。
없는데(オmヌnデ) と 있는데(イnヌnデ)も韻、踏んでます。

拙いながら訳してみると

世の中のもの 全部やるといわれても 僕には 必要ないのに
君を 幸せに(だけ) してあげられるのに
君を ひたすら 笑顔に(だけ) してあげたい 僕は
Yeah, if I could ever be the one

こりゃやっぱり、日本語に直してそのまま唄うには悲しいかな、字余りだ。

よく見ると“만(マン)=だけ”は
韻を整えるのと強調のために(だけ)使われてて、
はぶいてしまっても意味的には
たいして問題ないと思えるけど…どうなんでしょう?


私がK-POPが大好きな理由のひとつが
以上長々と見て来たように、
意味的・文法的には
日本語とすごくよく似た言葉の感覚・構造を持ちながら
発声的・音楽的にはもぅいわゆる洋楽曲を聴いているかような
音の響きの美しさを味わえてしまうからなんですよ。

ヘンな巻舌発音もいらない。
無理な語呂合わせも必要ない。
普通に素直で、美しい発音を最新のリズムにのせて
ありったけの想いを表現できる韓国語、
やっぱり羨ましくてたまらない…。
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by sungsa | 2005-07-11 22:45 | 韓国歌謡の詩を味わう
韓国歌謡の詞を羨(うらや)む 《前編》
大好きな韓国歌謡を聴くたんびに、
時折、わたしは激しい嫉妬にかられるのである。

嗚呼…うらやましい。

それが何かといえば…
こと言葉をビートにのせる、
その作詞術においては日本語では逆立ちしても
韓国語にはかなわない気がするのだ。


うらやましさ その1
韓国語には子音(パッチム=終声)で終わる言葉が多いから
唄に盛り込める言葉数(情報量)が日本語より圧倒的に多い。

すると聴き手に語りかけるような訴えるような
口語体(話し言葉)の詩を英米POPS並みにたっぷり盛り込める。
これは最近のR&B系バラードなどでとりわけ威力を発揮している。

日本語の詩のリズムの基本はやっぱり7・5調が自然だから
作詞するとどうしても文語調(書き言葉)になりやすい。
話し言葉と書き言葉。
情緒的なバラードの歌詞においてどちらが
ダイレクトにこころの琴線を揺さぶるかは自明である。

更に、子音止めの言葉が多いと、
もぉ、すごく洋楽系のビートに乗りやすい。
切れが抜群で聴いてて気持ちいい。
実際、韓国語ラップのノリの良さは
海外でも高い評価を受けていると聞く。


羨ましさ その2
言葉の末尾が子音(パッチム=終声)で終わると、
“韻”(英語の詩でいうライム=rhyme)を踏んだ時の
発音がもぅ、たまらなく美しい。
これまた聴いていて、無茶心地よいのである。


※ちなみにライム(rhyme)って
THE POLICEのヒット曲を例にとると
こんな感じ。

Every breath you take
Every move you make
Every bond you break
Every step you take
I'll be watching you

Every single day
Every word you say
Every game you play
Every night you stay
I'll be watching you

※“Every breath you take ” THE POLICEより

韻を踏むのはご存じかもしれませんが
実は漢詩なんかでもそうで
高校の漢文の時間に習った“国敗れて山河有り…”
この詩をピンイン(中国語を音で表記したもの)で表すと

chun mian bu jue xiao
chu chu wen ti niao
ye lai feng yu sheng
hua luo zhi duo shao

という具合です。真好!

さらにスペイン語なんてもう
そこらへんのフツーの単語からしてもぅ、韻を踏みまくりだ。

“(哀愁の)la casa blanca
=カサブランカ(白い家)”
これは母音“a”を連ねてますけどね。

早い話が、私は韻を綺麗に踏む詩・歌詞が異常に大好きなのである。
日本語でも出来なくはないのだけど
あまり美しいと感じられるオトの響きに出会ったためしがない。
最近ではウルフルズや奥田民生が頑張ってるけど
日本語の場合悲しいかな、
なんとなく“言葉遊び”っぽくなってしまう印象が拭えないのじゃ。
(決してウルフルズや奥田民生がキライなわけではありません。
むしろ大好きです)

羨ましさ その3
それから韓国語には“縮み指向”があるのである。
今風に言えば言葉を“圧縮”できるのだ。

나는なぬん(ぼくは)→난なん 너를のるる(きみを)→널のる 
너는のぬん(きみは)→넌のん

ハングルで表現すると一目瞭然。
日本語が3音も費やすところが
ひとつの音の単位に納まっちゃうんである。

この特徴を『縮み指向の韓国語』と名付けよう。
(ナンチャッテ。誰かも以前同じこと書いてた気が…)

恋の唄に“ぼく”、“きみ”は頻出単語。
そいつをコンパクトに1音で処理できる効果は絶大だ。
何度使っても、クドくないうえ、インパクトも強くなる。


これら韓国語の特性をフルに活かして、近年は
よりいっそう、切れの良い軽快なラップ、ダンス曲や
バラード曲を作り出している、っちゅうわけだ。


何かガラにもなくすごく大真面目に(笑)
韓国歌謡を語ってしまいましたが、
次回後編では具体的にSE7ENの新曲“THE ONE”を題材に、
さらに、韓国語の歌詞の美しさに踏み込んでみたいと思います…。


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by sungsa | 2005-07-06 00:00 | 韓国歌謡の詩を味わう